2017年09月30日

日本の倫理( ̄Д ̄)ノ85

一、まず、リンドバーグさんが描いているシナリオは、自分は修猷館高校出身の優等生だが学校の先生の教え方が悪いために医学部に進学することができなかった、こういう類のものなのではないかと考えます。
しかし、現実は修猷館高校どころか偏差値44のボンクラ高校出身であると、そのことを知って周囲の人間は彼を頭がおかしいから気を付けろと警告して投げ出しているのではないのでしょうか?
この問題はいろいろな問題を含んでいると思いますとにかく人の反対をやっているだけの左翼思想家、人に厳しく自分に甘い、自分ではそのことに気がついていない俗に言うサヨク、彼の竹馬の友、刎頸の交わり、無二の親友として評価されています。要するに現在はあいつは頭がおかしいからと言うことが言えない社会です。
しかし、私は、ある人たちはどのような人間の擁護しているのか気づいてほしいと思う時があるのです、すなわちこれが弁護士法72条の趣旨なのです、非弁行為、弁護士でない人間が勝手に他人を弁護してはいけないと言うことなのです。
警察官OBの警告も聞かずに、衛生工学衛生管理者の判断も無視して行った結果が精神異常者と無二の親友だと言う結論なのです。警察官OBが衛生工学衛生管理者は、自分が精神異常者でないと言うことを立証することが簡単だと思います、しかし、それがなかなかできない人に限ってわけのわからない弁護活動するのです。
ニ、次に、お医者さんになるためにはまず医学部に入学して医師試験を受験しなければなりません、たとえ100歩譲ったとしても学校の先生の教え方が悪いからそうなれなかったからと因縁をつけてもお医者さんにはなれないと言うことなのです。
このような妄想を生み出してしまったのが体罰禁止だと考えます、学校の先生が体罰を行ってはいけない、これを相手の弱点と考えてとことん不当な要求をつきつけてきたのがリンドバーグさんだと考えています。
私はこの問題は教師としてではなく人間として暴力を振るう時もあると言うことが答えなのではないのでしょうか?わかりやすい言うとこの人はしつこいし、あまりに要求が固いすぎると言うことなのです。
例えば自分は偏差値44の高校しか出てないから社会から馬鹿にされないように勉強しなければならないとは考えていない、不平不満があればそれを全てやめてしまった教師のせいにしている、恐ろしい人間だと思います。
あまりに吐出したわがままな人間のためにブログネタになるのです。
例えば私が高校の同窓会に行って精神的に安定したと言うのは、同じようなレベルの人間たち、それぞれ個性はあるのですが、そこには話が通じる世界があると言うことなのです。
三、しかし、リンドバーグさんの場合は、頭がどうにかなりそうな気分になります。それは彼が極端に勉強嫌いの人たちの仲間であるのに、突出して我々の世界に飛び込んでくるからなのだろうと思います。
このことをどう考えるかと言うことです、わかりやすく言うと精神異常者であると言う答えしか出てこないと思うのです、行政書士の連中は、司法書士さんや弁護士さんの世界に入り込んでわけのわからないことを言っている、司法書士さんや弁護士さん達も同じような精神状況に追い込まれているのではないのかと考えます。
リンドバーグさんの場合はわかりやすく言うと偏差値44の高校の卒業生が偏差値70-1の世界に入り込んでお前たちは、最低の人間だと言うようなことを言ってるわけですから、常にいじめられると言う結果になると言うことなのです、だからわれわれは相手にしていないし、彼は勝手にいじめられましたいじめられましたを連発している、それが通る恐ろしい世の中だということも知っておかなければならないと思います。
わかりやすく言えば彼がストーカー行為をやめれば、いじめられることもなくなると言うことなのです。
自分が原因を作ってその結果を他人のせいにする恐ろしい性格だと思います。
四、私はリンドバーグさんは現在、就職のための訓練をするべきだったと考えています.それは履歴書の書き方から面接の受け方、しかし言ってる事はどう考えても大学入試の話をしているような気がします。学校の先生の教え方が悪かったから、学校の先生がタバコを吸っていたから、それが何だと就職にどう関係あるのかと私は問いただしたいと考えていますが。
要するにそのようなおかしなことを27年間もやってきたために45歳まで定職につけなかった。
このような異常性格の人間をどうやって精神科医の先生のところに連れて行けばいいのか?
彼がもし精神科医の先生のところに行って病気を治してもらっていたとすれば、現在の就職好景気は、職業訓練をすることによって彼を幸福に導いていたかもしれないと言うことなのです。


以上

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1万年以上前に絶滅のキリンの仲間





これはそうでしょうね、しかし、よく1万年も………。



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時代を読む( ̄Д ̄)ノ85

一、まず、私がオフレコで述べたいのは、確かに高校時代の友人たちは福岡市内の3%に入る成績優秀者、だからそもそも勉強する癖が身に付いている人たちで、ある意味で気が楽になります。
ではそうではない人たちはまず何をするべきか、我々から学んで、きちんと予習・復習をする人生を築いてほしいと言うことなのですまずそれから始めてほしいと考えて、人間は平等ではないと言うことなのです。
リンドバーグさんの件から言わせていただければ、わかりやすく言うと彼はなりすましをやっていると言うことなのです、まるで自分たちの福岡市内で3%の優等生の仲間であるような騙しをやっていると言うことです。
要するに彼にとって体罰禁止と言う意味合いはこういうことを、こういういたずらを自由に学校の先生に対して進学塾の先生に対して、できると言うことを意味するのです。
今生徒が教師に暴力を振ったと言うことが話題になっています、このことが、動画で流れていたと言うことでした、要するにこの事は粗暴犯なのであり根が浅いと思うのです、リンドバーグさんの場合はこれがしたたかだということです、要するに教師を殴るタイプでは無いのですが教師に端を書かせるのが得意である4,000人を馬鹿にするのが得意の性格である、わかりやすく言うと自らご旅行振るのではなく暴力を誘発させるタイプの人間なのです。
ニ、次に、ここで同じことを繰り返します予習・復習をする人生、これは指導する側にとっては非常に楽だと言うことが言えると思います、したがって私たちを指導する側の人間は、他の人間と比べて楽だと感じていると言うことなのです。
この事の物の考え方と言うのは逆に楽だから自分たちの言いたいことが主義主張が通ると勘違いする人がいる、それは白黒と言い張ってギャーギャーギャーギャー騒ぐだけの連中にとってどうなのかと言う問題なのです。
「筏の譬」私のどこに暴力が集中していたか理解できるでしょうか?要するに彼らはデマを流して歩く事は法律に触れないと勘違いしていたのです、そのことによって失うものは何もないと勘違いをしていた。
そのことに対してリンドバーグさんは時のメリットを失った、失われたものは取り戻せない、この27年間の間に世の中はどう変わったでしょうかと言うことなのです。
私が言いたいのは正直に生きることのメリット、そのことによって刑罰を食ったほうが、かえって幸せな人生を遅れたのではないのでしょうか?リンドバーグさんも福岡県行政書士会も証拠隠滅の天才になってしまったために抜き差しならぬ人生が襲ってきたのではないのでしょうか?
要するにリンドバーグさんは45歳までフリーターだった、そして福岡県行政書士会は自分たちが視聴している中身と全く逆のことが法務局にポスターとして張り出されていると言うことなのです。
福岡県行政書士会では、会員に対するリンチを当たり前のことだと言っているかもしれませんが、少なくとも法務局の世界ではそれは違法行為であると定義されていると言うことなのですこれは価値観の違いだと思います。
通常一般の社会では、指導者が間違ったことを言って歩いたのならば関係者に間違っていましたと謝ると言うのが常識、しかしこの男の博多第一中学の社会常識は違っていると言うことなのです、わかりやすく言うと親分がやった犯罪は子分が代わりに刑務所に行く、わかりやすく言うと自分がやりたい方向1は、行政書士会の会員が取り締まられることによって解決するというのが彼らの常識なのです、もちろんそのことに対して間違っていないのだから謝る必要はないというのが彼らの常識なのだろうと思います。
三、しかし、そのような考え方と言うのは法務局がと言うより法務省が昔から、もっと厳密に言うと法務省の外局の検察庁が昔から取り締まってきた思想なのだろうと思います。
これは人間は平等と言う考え方もありますが生まれ育ち育った環境の違いなのでどうしようもないと思います。
私は幼い頃に生の松原療養所と言う所の話を聞かされました、わかりやすく言うと先生の言うことを聞かずに暴れるとやがてここに連れていかれて殺されると言う嘘を教えられていたと言うことです。
要するに精神異常者であると言う事は、頭がおかしいと言う事は恐怖だったと言うことです、しかし博多第一中学と博多第二中学の違いでもあるのですが、博多第一中学のその福岡県行政書士会の綱紀観察部長にでしゃばって行った人間はそれをむしろ売り物にしているのです、一般通常人が行政書士は商業登記をできるなどと言えば頭がおかしいんじゃないかと疑われるレベルなのですが、行政書士がそれを言ったら頭がおかしいのです、ましてや行政書士を指導する立場の福岡県行政書士会綱紀観察部長がそのことを言えば確定的だということです。
そして彼は福岡県行政書士会で「登記と自己破産」の講習会を永遠と開いたと言うことが、自分が頭がおかしいと言うことを売り物にしていると言うことなのではないのでしょうか?
四、話は変わりますが井上陽水と言う人は天才だったと思います、私は頭がおかしくなるのではないかと言う時が2度ありました。それは司法試験を受験している時と、大学入試の時でした。
他の大学入試の矛盾を歌で解消していたのが井上陽水だったと思います。
この人はこの矛盾の解決策を知っていて「探すのをやめた時見つかる話もよくある話で」結歌詞でこの解決を示唆していたのでした、いやそれはレコードを買った人に与えていたと言うべきでしょう。
私は数多くの受験の失敗の中で、高校入試はうまくいったと思いますこの時にはやはり井上陽水のこの言葉があったからだと考えています。
それから20年間この男は、行政書士は商業登記ができる、民事ができるを主張してきました。
この人はおそらく司法書士の受験生だったのだろうと思います、そして司法書士に求めているものが現実と違っているのです、探すのをやめて、素直に行政書士としての一歩を歩み出せば違う人生を送れたと思います。
このことはもはや私の手から離れて法務省が乗り出しています、これはもしかするとこの男が行政書士制度解体の原因になったと言う結果になるかもしれません、朝憲紊乱、自分が何をやっているか?まず相手の個性を認めることだと思います、要するに自分たちの博多一中の慣習が間違っていると言うことを知ること。
そしてその考え方を皆が嫌がっていると言うことを知るべきだと思うのです。
この問題は博多第一中学と博多第二中学を一緒にして博多中学にしてしまうから、喉元過ぎれば熱さ忘れると言う結果になってしまっているのではないかと考えています。
私はこのようなめちゃくちゃの解決はやめるべきだと考えています、人権尊重と言う発想が返って犯罪を助長する結果になってしまってはいないかと言うことです。


以上

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3横綱奉納土俵入り





三横綱ともモンゴル・外国人?
日本の将来を暗示します。



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続・倫風随想:人間力の鍛え方



アフガニスタンは大変な状態みたいです。

一、まず、人間力とは「人生を強く切り開いて行く能力」のこと、最近はいろいろな意見を聞くようになりました、今弁護士さんの社会的地位は年々低くなっているような気がする、しかし行政書士は社会的地位が上がると言うより精神異常者の集まりであると言う評価に固まりつつあると言うことです。
これ今人間力が私に問われています、我が国が独立国ではなく実は植民地だったとする、そうするとアメリカでは弁護士さんの社会的地位は低いので、日本の弁護士さんもつられて社会的地位が低くなる。
しかし、アメリカには行政書士のような国家資格はありませんが、と言うよりも、弁護士資格を取ってから開業してから、受ける行政の国家資格、わかりやすく言うと弁護士さんの家でも0.1%しか合格しない公正取引んかいやその他のFBI、独立行政委員会に出入りすることができる国家資格それがわが国で言う行政書士資格なのです。
わかりやすく言うとまず日米で逆になっています、わかりやすく言うとアメリカ合衆国では行政書士に相当する国家資格が非常に難しく、開業した弁護士さんでもなかなか取れない、しかしわが国では行政書士は比較的簡単に取得できる、だから勉強もしないで開業した人は頭がおかしくなるのです。
ニ、次に、司法試験と言えばわが国では難関の国家資格です、なぜ弁護士になるのにそれだけ難しい試験に合格しなければならないのか?弁護士さんはこれに比べて司法試験に合格すれば比較的楽な仕事を続けられます。
日米で逆になっているのです、わかりやすく言うと開業行政書士の99%は不適格だと思います、だから司法書士さんの仕事や社会保険労務士さんの仕事に手を出して嫌われるのです。
私ははっきり言って64%だと言っています、それが重要な数字なのかどうかわかりません、99%のうちどれぐらいの人が行政不服審査法を駆使しているでしょうか?
行政書士は法律家ではありません、一般的に法律を適用するのは「法律上の争訟」の時になります、行政書士と言う仕事の中身が正しく理解されていない今日どうやって人間力でこれを切り開いていかなければならないか?
三、しかし、私はある意味で自分が過去に獲得してきた業績を大切にしていかなければならないと思いますこのことは私自身もいつか負けることがあるでしょうし、また違う人が、と考えることもありますが一応国土交通省顧問の日本一の弁護士さんに行政法の解釈で勝った、そしてフェリーの旅客の許可を取った、平成19年法律第90号改正道路交通法72条救護義務違反時の欠格事由を作った、平成24年度の国家財政破綻回避の「デフレ警告」を行った。私が考えているのはこのことは伏せるようにしたほうがいいと思います、というのは今の日本国実は人の成功を素直に喜べない性格なのです、彼らは是が非でもそれを乗り越えようとしてくるでしょう、我々に得ることは何もない、要するに彼らを太らせるだけでこちらには何もメリットがない、だから言ってあげないくほうがいいのです、自分では絶対に矢面に立たない、自分では絶対にこうしよう、ああしようとは考えない、人がやったことを真似して、すぐそれをパクろうとする、今までとんでもない目にあわされてきました。
そして今の人たちは間違っても絶対に謝らないと言うことです。
四、自分が間違ったら素直に謝ると言うことも人間力であると思います、商業登記の件はいろいろな司法書士さんたちからも頑張ると言う声がかかってきますなぜこれだけ大きな問題になっていくかと言うと彼らが謝らないからなのです、彼らが理解していないのは自分たちは自分の意思で謝らないと言うわけのわからないこと言っていますが要するに行き違いで謝れないのです彼らは本当に勇気がない連中だと思います、人間の屑です。
私はこの意味で今までの時代は試練だったと考えています、今問われているのはお前は本当に検察官の甥っ子なのかと言うことが問われていると思います、正しいことを言ってなぜここまで貧しい思い苦しい思いをさせられなければならないのかと言うことです、このことは行政法の解釈をめぐっては国土交通省の顧問の弁護士さん、日本一の弁護士さんにはイソ弁が三百人いたそうです、商業登記は行政書士ができないと言う判断に対しては福岡県行政書士会1千人会員に対して1であり、「デフレ警告」には 1億2,6万人対一人でした。人間力が試されました。しかし、必ず、は私を助け彼らに天罰を話題になると信じています。正義は必ず勝つのです。
エセ同和行為のほとんどが頭がおかしくなっています、私は廃人になるよりは悪人でいる方が幸福だと思うのです、この状況乗り切る力それが人間力、私はかつてこの人間力によって成功してきたと考えています。
わかりやすく言うと卑怯な連中の団体の連中から苦しめられているだけだと思います。
しかし、このことは必ず私のほうに有利に動いてくると思います。
善悪の区別や節度、これが成功の秘訣になるのです。
今日も一日、喜んで進んではたらきます!

以上
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一、まず、 この記述は昭和26年度の記述です、今から2年前、倫理力ではなく人間力について書かれてあります。
岡倉天心は確かに生々流転・天衣無縫の世界を描いた人で有名です。
この時代は明治維新がなった時代で新しい時代への要求が凄まじかった時代であろうと思い美術の世界にそれが導入されたと考えます。
すなわち人間力と言うのは私はそのように捉えていますが、このご著書でが、「人生を力強く切り開いて行く能力」のことである、と定義されています。
このご著書では人間力が強い、人間力がかけたい人は自己中心的であると言う事について述べられています。
しかし、まず法家は裏切りの学、裏切りの額を超えてまるで魔術のようなことを考え出している連中が多いと思います。
要するに今の日本には、積極的に学びこれが正しいと思って行動することよりも、人が失敗することを待っている人の揚げ足を取る、そして人の失敗をとことん追求する連中の方が多くなってしまっているということに気づかなければならないと思います、これが私の人間力を開花できない大きな原因であると思います。
二、次に、このことが法律特に人権と言うものの考え方の違いにあると思います。
結果無価値論者、これは悪人を産み育てていいるのではないか?ここが重要であると考えます。
人の道に反した人間が制裁を食らったらそれは大和津田暴力だと言ってわめき散らすればそっちの言うことの方が正しくなる、だからみんな警戒しているのです。
私はとうとう来るとこまで来たなと思ったのは、私が今URに払い込まれているのはゴキブリの問題でした。
私はこの公団の同じ階層の人々に一人ひとり当たって尋ねました「ゴキブリは見かけますか?」と「いやゴキブリは見かけないね」と言う言葉が返ってきました。
人が頭にくるような事で、名誉毀損をするのが得意な連中、彼らが狙っているのは私が暴力をふるってつきまとうと言う考え方なのだと思います、私が言いたいのはこんなことをしても自分のクラスには絶対にならないと言うことです。
彼らが言ったのは、私の家の前にゴキブリの死骸が並べてやるそうです、そしてその死んだゴキブリが生き返り、各部屋に入っていくそうなのです、このことは前にもありましたが私が右翼団体で公団の中で暴れていると言う指摘でした。
ここで自分はそれは違うと躍起になると、暴力をふるうとUR職員やその他の人を敵に回す結果になるのです。
今の日本の倫理観はそこまで低下しています、要するに私に暴力を震わせようとしているのです、そのために凄まじい名誉棄損を行っていると。
隣の博多署でもう自殺者が出ています、行政書士は登記ができると言う福岡県行政書士会の幹部、これに対して法務省も裁判所も私も登記は司法書士だと言っている、だからあいつを刑務所にぶちこんで欲しいと刑事告訴を繰り返していた?
三、しかし、この魔術、失敗すると惨めです。
このようなおかしな事をやった人間の将来はやらなくってもやったろうと疑われるという事なのです。
私にこういう事が出来るかといえば、出来ると言いたいのです。
しかし、やりません、やったら大変な事になります。
私は昔、必要性に迫られて、こういう事をやったらとことん疑われました、またあいつが悪い事をやっていないか?と。
しかし、理由がわからない事でやって?アホだと思っています、この連中の気持ちはおそらく自分は頭がいいと勘違いしている?………、人を馬鹿にしているのです。
しかし、その人間は何も特技を持たない人間のクズだった………と。
四、そういう意味では行政書士はフェノロサ、岡倉天心の新出気鋭の精神を産みました。
行政書士制度を昭和26年に「できた」、と勘違いしている人間が多く、困ります。
行政書士制度は事実上昭和59年に出来ました、新しい制度だと思います。
「しかし、現実の社会では、過保護や甘やかしが蔓延し、人々の人間力を強めるどころか、むしろ弱めている。
また、学校の教育やマスコミの論調も、個人の自由や権利を尊重するあまり、不遇は本人のせいではなく政治や社会が悪いからだと、未熟な人間をかばい責任や義務を問おうとはしない。」この件が重要だと思います。
私は行政書士事務所を開業して行政法の力が強くなったと考えています、このことは人間力の表れだと考えています。
私が考えているのはこのようなごまかしやその他がうまい人間言われる魔術師、過保護を推し進めて行ったらどうなるか、未熟な人間のままなのではないかと考えるのです。
要するに今の若い人たちで漫画を読んで行政書士を代書人の国家資格だと勘違いしている人間が多いのです。
しまった自分は重要なチャンスを逃してしまったとは考えない、おかしなことを俺言えばそれでまかり通ると勘違いしているからなのです、「恥」というものがない。
ひどい時は2.7%であった合格率も最近では13%と私が行政書士資格を取得した時代に似てきたと考えます。
これを代書人と勘違いした人間は、自分は人の親なのに成人なのに漫画なんて読むんじゃなかった!と考える人は救われますが、考えない人は若い人たちから馬鹿にされると思うのです。
私が中学生だったら行政不服審査法の専門家の人代書人と言っている大人が見たらどう考えるだろうかと言うことです、要するに気違いのおじちゃんおばちゃん、記念病院のおばちゃん、精神異常の家ちゃん。
マスコミの論調も学校もこの精神異常者たちをどうにかしようとは考えていないこの精神異常者の自由と権利を守ろうとしている、私の本音を言わせてもらえれば、頭のおかしい人間の気持ちなどどうでもいいのです。
しかし、本音を言うとそれは人権侵害だと言われる恐ろしい国家だと思います今の日本は。
これは確かに本人の人間力を鍛えることを個人の自由と権利が妨害してきたからこういうが堕落につながっているのでないかと考えるのです。
今日も一日、喜んで進んで、はたらきます!


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一、まず、「人間力とは人生を力強く切り開いていく能力」何事にも積極的に意欲がある事とあります。
しかし、私は人間力とは素直に自分の非を認め謝ってやり直す勇気のことと主張したいです。
まず、軍人の家柄の父がたで通常刑法犯による前科は話すまでもなくない、そして今年私はゴールド免許20年めの更新に成功しました。
しかし、祖父はあまりに軍部での地位が高く政治犯たる戦犯に問われシベリアに送られました。
前科があるかないかではなく罪を犯さないという天国への要件はまた別だと思います。
二、次に、アジア植民地解放の英雄だった、そして、そこに昭和大恐慌が起こり、経済的に貧窮していた我が国は、1931年に満州事変を引き起こし、満州国を成立させた、そこにリットン報告書、我が国は国際連合を脱退しました、そして、北京郊外で演習中の関東軍に発砲事件が起こり盧溝橋事件から日中戦争が勃発した。
そして、石油を止め停止条件付き宣戦布告状をアメリカ合衆国から突きつけられた臣民は勃興し、80%が日米開戦に賛成しました、我が父たち海軍省は国力が80倍のアメリカ合衆国との戦争には反対でした。
三、しかし、自ら無謀な戦争を止める海軍省に憲兵隊を差し向けて引き起こしておきながら、その戦争責任を軍部に押し付けた日本国民は聖書も読まずに平和主義を自称していた。
そんな彼らを自殺の危機とガンの危機が起こっている、年間自殺者は18万人?そしてその予備軍は400万人、そしてガンは2人に1人の時代。
そして、ポールシフト、今再び地震の危機が起こっています。
そうなっても日本国民は謝らないと思います、自分たちが間違っていた妻子をいじめて悪かった。
アメリカ大統領が謝罪しても謝らない日本国民。
謝ることは人生を力強く切り開いていく能力ではないのでしょうかあ。人間力。
しかし、罪を犯さない人間はいない、私は逆になぜか今新約聖書のイエス様の言葉が気になります。
「完全になりなさい」モーゼの律法は完成する。
皆、キリスト教を誤解していると思います、「私の右手が悪いことをします、助けてください!」「そんな右手であれば折ってしまえ、そうすれば地獄になげこまれずにすむ。」これは軍部、神道で言われてきた言葉です。
四、この記述は平成26年の記述は、今から2年前の記述です、この時はゴールド免許20年目の更新をと書いていたと思います。
今回はなんとか行政書士20年目を新しい住居で!と労働衛生コンサルタントに、というものであると思います。
人生は上に上に行けば抵抗が強くなるものです、人間力の何事にも積極的に意欲を!人を愛し、常に上機嫌でという部分で曇っているな?と感じています。
今私にとって人間力とは私に嫌がらせをしてきた連中を許すということにあるのかもしれません。
「人間力が人生を決め、社会を決める」
私は行政書士は行政書士は11年目で辞めようとしていました、その時聞いた説教が「汝の十字架を背負え!」でした。
今同じような屈辱を味わっています、自分たちの非は認めず、私の欠点ばかり追求する、そして、不当な要求ばかり押し付ける、しかし、「汝の十字架を背負え」には「私に命を投げ出せ」と言う言葉があり、彼らを汚れたるものには与えられない名誉だと知りました。
命を投げだせと言われましたと因縁をつける人たち、ご安心ください、あなた方倫理を守らない人々にはイエス様は間違っても命を投げ出せ、などとは言われないから。
この言葉は「永遠の命を」と言う言葉のことを意味するのです、無能な罪びとは長生きしてください、この世でたっぷり苦しんで地獄に行ってください!
倫理力を極めた人間は人間力で新しい世界を切り開いていかなければなりません、イエス様に命を投げ出すぐらいの気持ちで頑張っていきたいと思います。
投げ出せる人間だけが永遠の命を得る!
今日も一日、喜んで進んで、はたらきます!


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